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”像法に入って、一千年、月氏の仏法、漢土に渡来するの間、前四百年には、南北の諸師、異義蘭菊にして、東西の仏法、未だ、定まらず、四百年の後、五百年の前、其の中間一百年の間に、南岳・天台、等、漢土に出現して、粗(ほぼ)、法華の実義を弘宣(ぐせん)したまう。然而(されど)、円慧(えんね)・円定(えんじょう)、に、於ては、国師たりと雖(いえど)も、円頓(えんどん)の戒場、未だ、之を建立(こんりゅう)せず。故に、国を挙(こぞ)って戒師と仰がず。六百年の已後、法相宗、西天より来れり。太宗皇帝、之を用ゆる故に、天台法華宗に帰依するの人、漸く薄し。茲(ここ)に就(お)いて、隙(すき)を得て、則天皇后の御宇(ぎょう)に、先に破られし華厳、亦(また)、起って、天台宗に勝れたるの由、之を称す。太宗より第八代、玄宗皇帝の御宇に、真言、始めて、月氏より来れり。所謂(いわゆる)、開元四年には、善無畏(ぜんむい)三蔵の、大日経・蘇悉地(そしつち)経、開元八年には、金剛智・不空、の両三蔵の金剛頂経、此(か)くの如く、三経を天竺より漢土に持ち来り。天台の釈を見聞して、智発して、釈を作って、大日経と法華経とを一経と為し、其の上、印・真言、を加えて、密教と号し、之に勝るの由、結句(けっく)、権教を以て、実教を下す。漢土の学者、此の事を知らず。
像法の末、八百年に相当って、伝教大師、和国に託生(たくしょう)して、華厳宗等の六宗の邪義を糾明するのみに非ず、しかのみならず、南岳・天台、も、未だ、弘めたまわざる、円頓(えんどん)戒壇を叡山に建立す。日本一州の学者、一人も残らず、大師の門弟と為る。但(ただ)、天台と真言との勝劣に於ては、誑惑(おうわく)と知って、而(しか)も、分明ならず。所詮(しょせん)、末法に贈りたもうか。此等は、傍論(ぼうろん)為(た)るの故に、且(しば)らく、之を置く。吾が師、伝教大師、三国に、未だ、弘まらざるの円頓の大戒壇を叡山に建立したもう。此れ偏(ひとえ)に、上薬を持ち用いて、衆生の重病を治せんと為る、是なり。
今、末法に入って、二百二十余年、五濁強盛にして、三災、頻(しき)りに起り、衆見の二濁(にじょく)、国中に充満し、逆謗の二輩、四海に散在す。専(もっぱ)ら、一闡提(いっせんだい)の輩を仰いで、棟梁と恃怙(たのみ)、謗法の者を尊重して、国師と為す。孔丘(こうきゅう)の孝経、之を提げて父母の頭(こうべ)を打ち、釈尊の法華経を口に誦しながら、教主に違背す不孝国は、此の国なり。勝母の閭(せき)、他境に求めじ。故に、青天、眼(まなこ)を瞋(いか)らして、此の国を睨(にら)み、黄地(こうち)は、憤りを含んで、大地を震う。去(いぬ)る、正嘉(しょうか)元年の大地動、文永元年の大彗星、此等の夭災(ようさい)は、仏滅後二千二百二十余年の間、月氏・漢土・日本、の内に、未だ、出現せざる所の大難なり。彼の弗舎密多羅王(ほっしゃみたらおう)の、五天の寺塔を焼失し、漢土の会昌天子(えしょうてんし)の、九国の僧尼を還俗(げんぞく)せしめしに超過すること、百千倍なり。大謗法の輩、国中に充満し、一天に弥(はびこ)るに依って起る所の夭災なり。大般涅槃経に云く、「末法に入って、不孝・謗法、の者、大地微塵の如し」[取意]。法滅尽経に、「法、滅尽の時は、狗犬(くけん)の僧尼、恒河沙(ごうがしゃ)の如し」、等、云云[取意]。今、親(まのあた)り、此の国を見聞するに、人毎(ごと)に、此の二の悪有り。此等の大悪の輩は、何(いか)なる秘術を以て、之を扶救(ふきゅう)せん。大覚世尊、仏眼を以って、末法を鑒知(かんち)し、此の逆謗の二罪を、対治せしめんが為に、一大秘法を留め置きたもう。所謂(いわゆる)、法華経本門、久成の釈尊、宝浄世界の多宝仏、高さ五百由旬、広さ二百五十由旬、の、大宝塔の中に於て、二仏、座を並べしこと、宛(あたか)も、日月の如く、十方分身の諸仏は、高さ五百由旬の宝樹の下に、五由旬の師子の座を並べ敷き、衆星の如く列座したもう、四百万億那由佗の大地に、三仏二会に充満したもう、の儀式は、華厳寂場(じゃくじょう)の華蔵(けぞう)世界にも勝れ、真言両界の千二百余尊にも超えたり、一切世間の眼なり。此の大会(たいえ)に於て、六難九易を挙げて、法華経を流通(るつう)せんと、諸の大菩薩に諌暁(かんぎょう)せしむ。金色世界の文殊師利、兜史多宮(としたぐう)の、弥勒菩薩、宝浄世界の智積菩薩、補陀落山(ふだらくさん)の観世音菩薩、等、頭陀(ずだ)第一の大迦葉、智慧第一の舎利弗、等、三千世界を統領する、無量の梵天、須弥(しゅみ)の頂に居住する、無辺の帝釈、一四天下を照耀(しょうよう)せる、阿僧祗(あそぎ)の日月、十方の仏法を護持する、恒沙(ごうしゃ)の四天王、大地微塵の諸の竜王、等、我にも、我にも、此の経を付嘱せられよ、と、競い望みしかども、世尊、都(すべ)て、之を許したまわず。爾(そ)の時に、下方の大地より、未見・今見、の四大菩薩を召し出したもう。所謂(いわゆる)、上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩、なり。此の大菩薩、各各、六万恒河沙(ごうがしゃ)の眷属(けんぞく)を具足す。形貌(ぎょうみょう)威儀(いぎ)、言(ことば)を以て、宣(の)べ難く、心を以て、量るべからず。初成道の、法慧(ほうえ)・功徳林・金剛幢(こんごうどう)・金剛蔵、等、の、四菩薩、各各、十恒河沙の眷属を具足し、仏会(ぶつえ)を荘厳せしも、大集経の、欲色二界の中間、大宝坊に於て、来臨せし、十方の諸大菩薩、乃至(ないし)、大日経の八葉の中の四大菩薩も、金剛頂経の三十七尊の中の、十六大菩薩等も、此の四大菩薩に比?(ひきょう)すれば、猶(なお)、帝釈と猿猴と、華山と妙高と、の如し。弥勒菩薩、衆の疑を挙げて云く、「乃(いまし)、一人をも識(し)らず」、等、云云。天台大師云く、「寂場(じゃくじょう)より已降(このかた)、今座より已往(さき)、十方の大士、来会(らいえ)絶えず限る可からずと雖(いえど)も、我れ、補処(ふしょ)の智力を以て、悉(ことごと)く、見、悉く、知る。而(しか)も、此の衆に於ては、一人をも識らず」、等、云云。妙楽云く、「今見るに、皆識らざる所以(ゆえん)は、乃至(ないし)、智人は起を知り、蛇は自ら蛇を識る」、等、云云。天台又云く、「雨の猛(たけ)きを見て、竜の大なるを知り、華の盛なるを見て、池の深きを知る」、云云。例せば、漢王の四将の、張良(ちょうりょう)・樊?(はんかい)・陳平(ちんぺい)・周勃(しゅうぼつ)、の四人を、商山の、四皓(しこう)・綺里枳(きりき)・角里(ろくり)先生・東園公(とうえんこう)・夏黄公(かこうこう)、等、の、四賢に、比するが如し。天地雲泥なり。四皓(しこう)が為体(ていたらく)、頭には白雪を頂き、額には四海の波を畳み、眉には半月を移し、腰には多羅枝(たらし)を張り、恵帝の左右に侍して、世を治められたる事、尭舜(ぎょうしゅん)の古を移し、一天安穏なりし事、神農の昔にも異ならず。此の四大菩薩も、亦復(またまた)、是くの如し。法華の会(え)に出現し、三仏を荘厳し、謗人の慢幢(まんどう)を倒すこと、大風の小樹の枝を吹くが如く、衆会の敬心を致すこと、諸天の帝釈に従うが如く、提婆が仏を打ちしも、舌を出して掌(たなごころ)を合せ、瞿伽梨(くぎゃり)が無実を構えしも、地に臥(ふ)して失(とが)を悔ゆ。文殊(もんじゅ)等の大聖は、身を慙(は)ぢて、言を出さず。舎利弗等の小聖は、智を失して頭を低(た)る。爾(そ)の時に、大覚世尊、寿量品を演説し、然(しか)して後に、十神力を示現して、四大菩薩に付属したもう。其の所属の法は、何物ぞや。法華経の中にも、広を捨て、略を取り、略を捨てて、要を取る。所謂(いわゆる)、妙法蓮華経、の、五字、名・体・宗・用・教、の、五重玄なり。例せば、九苞淵(くほうえん)が、相馬(そうば)の法には、玄黄(げんこう)を略して、駿逸(しゅんいつ)を取り、史陶林(しこうりん)が、講経の法には、細科を捨て、元意を取るが如し、等。此の四大菩薩は、釈尊成道の始、寂滅道場の砌(みぎり)にも来らず。如来入滅の終りに、抜提河(ばつだいが)の辺(ほとり)にも至らず。しかのみならず、霊山(りょうぜん)八年の間に、進んでは、迹門、序正(じょしょう)の儀式に、文殊・弥勒、等、の、発起(ほっき)・影向(ようごう)、の諸聖衆にも列ならず、退いては、本門、流通(るつう)の座席に、観音・妙音、等、の、発誓(はっせい)弘経(ぐきょう)の諸大士にも交わらず、但(ただ)、此の一大秘法を持して、本処に隠居するの後、仏の滅後、正像二千年の間に於て、未だ、一度も出現せず。所詮(しょせん)、仏、専(もっぱ)ら、末法の時に限って、此等の大士に付属せし故なり。法華経の分別功徳品に云く、「悪世末法の時、能く是の経を持つ者」、云云。涅槃経に云く、「譬えば、七子の父母平等ならざるに非ず。然(しか)も、病者に於て、心、則(すなわ)ち、偏(ひとえ)に、重きが如し」、云云。法華経の薬王品に云く、「此の経は、則(すなわ)ち、為(こ)れ、閻浮提(えんぶだい)の人の病の良薬なり」、云云。七子の中に、上の六子は、且(しば)らく、之を置く。第七の病子は、一闡提(いっせんだい)の人、五逆謗法の者、末代悪世の日本国の一切衆生なり。正法一千年の前、五百年には、一切の声聞、涅槃し了(おわ)んぬ。後の五百年には、他方来の菩薩、大体、本土に還り向い了(おわ)んぬ。像法に入っての、一千年には、文殊・観音・薬王・弥勒、等、南岳・天台、と誕生し、傅大士(ふだいし)・行基・伝教、等、と、示現して、衆生を利益す。
今、末法に入って、此等の諸大士も、皆、本処に隠居しぬ。其の外、閻浮(えんぶ)守護の、天神・地祗、も、或は、他方に去り、或は、此の土に住すれども、悪国を守護せず、或は、法味を嘗(な)めざれば、守護の力無し。例せば、法身の大士に非ざれば、三悪道に入られざるが如し。大苦忍び難きが故なり。而(しか)るに、地涌(じゆ)千界の大菩薩、一には、娑婆世界に住すること多塵劫なり。二には、釈尊に随って、久遠より已来(このかた)、初発心(しょほっしん)の弟子なり。三には、娑婆世界の衆生の最初下種の菩薩なり。是くの如き等の宿縁の方便、諸大菩薩に超過せり。”

(2005.06.23)
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