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方便

仏陀は衆生の機根にあわせて、 巧みな比喩や仮の教えをたくさん説いた。これを方便という。


さまざまの経でさまざまな方便を、 方便だと覚られないように説いてきた。覚られてしまっては、方便の 意味がない。丁度、医者が、本当のことを言ってしまうと、自殺しかねないガン患者に、 "軽い胃潰瘍"であることを、 信じ込ませるように。そして、医者はあとで、言っても大丈夫な時に、あれは"方便"だったことを 明かす。


仏陀も同じように、真実の経を説くにあたって、 これまで衆生に信じ込ませてきた方便経を、それは方便経だったことを明かす。すなはち、医者が うそをうそだったといい、真実を話すように、 方便経を方便経と明かす経こそ、真実の経となる。今まで説いてきた経はもちろんのこと法華経の 後に説くだろう経も含めた一切経に対して、それらが方便経であると明かした経は、法華経 以外にない。法華経こそが、その医者の真実を明かす言葉であり、仏陀の悟り そのものを説いた経である。たくさんの経の中にも、今まで説いた経を並べて、この経こそ真実だ、 最高だといって、その経があたかも一切経に対して、最高だと思わせるように説いているものもある が、これらは、患者に胃潰瘍だと信じこませるための、医者の巧みな方便である。方便経が、いくら 輝く仏陀を描こうが、すばらしい知恵、すばらしい実践方法を 説こうが、それらは、方便という部分においての最高の経に過ぎない。部分である教えを最高だといって、わざと 部分であることをかくして説くのは、その経を信じこませて衆生の機根を整えて法華経に導くための、 巧みな仏の方便である。また、方便経といえども、全体の部分を説く大切な経なので、 是非とも法華経とともに、 後世に残しておく必要があった。後の仏教各宗派の出現も、巧みな仏の方便であり、大集経には、 四の五百歳、すなわち、仏滅後二千年の、宗派の乱立する多造塔寺の時代と、その次の五百年の 仏陀の方便経の 滅ぶ時代とが説かれている。そして、法華経の薬王品には、 五の五百歳(薬王品には、"我滅度の後、後の五百歳"と書かれているが、これは、 "我滅度の後、四の五百歳の後の五百歳"と読む)、 すなはち、仏滅後二千年の次の五百年に法華経が世界に広がることが説かれている。


さらに、長い間、いろいろな思想等に迷って、やっと法華経の 頂上にたどり着いて、さて、 その頂上から世界を見渡すと、 方便は仏教だけに止まらない。仏教の一切経はもちろんのこと、すべての思想、言語、色、形、 時間、空間、現象等、すべてが、法華経の方便ということになる。


すなわち、世界は、"一つの 生命"の方便である。


(1997.9.12)

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