| 昔、中国に烏竜（おりょう）と遺竜（いりょう）という書の上手な 親子がいた。”父”の烏竜は日ごろ自国の宗教を敬い、インドから伝わった仏教をひどく嫌い仏典は 決して書写せず子の遺竜にも書写させなかった。 |
| その烏竜（おりょう）の臨終のとき、子の遺竜（いりょう）への ”遺言”として、仏典だけは 決して書写するな、中でも”法華経”は特に許さず、もしこれに違えば不孝者として悪霊となって汝が命を 絶つとまで言って、頭七分に割れ血を流し悶え死んだ。遺竜は、この時の”父”の死相が”法華経”誹謗のための 堕地獄の 相とも知らず、”父”の”遺言”のとおりに仏典を書くどころか目にも留めなかった。 |
| そうこうしているうちに、時がたち、時の王はことさら仏教を 敬い特に”法華経”を 信じていたので、国の仏事のために”法華経”を書写させようと国中に書の手練れを探していた。 その王が遺竜（いりょう）の評判を聞き、 彼に”法華経”の書写を命じた。 |
| しかし、遺竜（いりょう）は”父”烏竜（おりょう）とのいきさつを 王に話し堅く辞退した。 王も親の”遺言”とあればしかたがないとあきらめたが、どうしても遺竜ほどの書の手練れが見つからず、かさねて 遺竜を召したが遺竜はさらに辞退した。王は譲歩して”法華経”八巻の題目だけでも書写せよと命じたが遺竜は それでも”父”の”遺言”として頑なに辞退した。ついに王は怒り、”汝が父は我が家人、 私事をもって公事を軽んずべからず、承知しなければ罪人として汝の頭をはねる”とまで言ったので 遺竜はしかたなく”父”の遺言に背き ”法華経”八巻の題目ばかり”妙法蓮華経巻第一、妙法蓮華経巻第二、、、”と、全部で六十四文字の題目を 書いて不孝の者となった。 |
| その夜、”父”烏竜（おりょう）の”遺言”に 背き、”父”も 怒り、緒天も怒ってその責めは免れないだろうと思い、遺竜（いりょう）は”父”の墓に行き、 嘆きつづけ三日間食を断ち死ぬ覚悟でいた。 |
| するとその時、三日目の晩の寅の時刻、すでに息絶えなんとする 時、おぼろげに見える虚空の彼方に大光明あり、その中に一人の天人がいて、多くの眷族（けんぞく）を 従えている。 あなたは誰ですかと遺竜（いりょう）が尋ねると、私はお前の”父”烏竜（おりょう）だという。 よく見れば確かに”父”の姿。 それでは悪霊となって私を殺しに きたのかと聞くと、そうではないという。”父”烏竜はことの次第を語りはじめた。 |
| 我が子遺竜（いりょう）よ、よく聞け。私は大変な間違いを していた。 お前は私の”遺言”を素直に受け健気にも頑なに守ろうとしたがとうとうその”遺言”を破り不孝の者 となった。しかし 私はお前に大いに感謝しなければならない。というのは、私は間違っていた。よく確かめもせず 仏教を嫌い”法華経”を誹謗した。そのために臨終の際（きわ）に大苦を受け、その苦は筆舌に尽くし難いが さらに私は無間地獄に落ち、その苦はそれ以上に筆舌に尽くし難い。刀で爪を剥がされ、 鋸で首を引きおとされ、炭火の上を歩き、茨に閉じ込められるというような苦も比べものにならず、 ”法華経”誹謗のためとわかっていてもかいなし、 これを我が子になんとしても伝えようと思ってもかなわず、臨終のとき”遺言”したことを悔いて悔いて ならなかった。 無間の大苦は容赦なく続き娑婆の一時が何百年にも感じられ、よくも此れほどの苦があるものかと我が身を 恨みながらいたところ、三日前の朝より、”法華経”の題目の始めの”妙”の文字が、無間地獄の闇の彼方から 大白光となって飛んできて 金色の釈迦仏となり、大音声をはなって、”たとえ世界中の善を断った 大悪の衆生もひとたび法華経の題目を聞けば必ず成仏すべし”と言う。するとこの大文字の中から大つぶの 雨がザッと降りはじめて 無間地獄の猛火もぱっと消え熱風も涼風とかわり、獄卒（鬼）は罪人を打つ杖をうち捨てて立ちつくし、 一切の無間地獄の罪人は何事かと あわてふためいたが、またその時、彼方より”法”の文字一字が降り来って前と同じようなありさま、次ぎは”蓮”の文字、 次ぎは”華”、 次ぎは”経”と、六十四の大文字が次々と降り来って六十四の金色の仏となる。無間地獄に六十四体の仏 ましませば太陽が六十四真っ暗な闇の空にあるようなもの。天よりは甘露の雨を降らし 大地は花咲き木実なり 地獄の罪人すべてに与えられ、まるで無上の極楽のよう。 これはこれは一体どうしたことか、この大善はどうしたことかと罪人達は仏に問い尋ねたところ、六十四の仏が 答えていうには、”我らが金色の身は無間地獄にいる烏竜（おりょう）の子遺竜（いりょう）が娑婆で書いた ”法華経”八巻の題目の 六十四の文字なり、遺竜の手は烏竜の手、烏竜が生み育てた分身の手、遺竜の書く文字は地獄の 罪人烏竜が 書いたもの”と言えば、無間地獄の罪人達は、”私も娑婆にいたころには妻もあり子もあり帰れるものなら 帰りたい、一度でも会ってこの苦果の因縁を知らせたいと思っても、 己の罪業の深さを思い知れば善根弱くしてかなわず、一年二年一劫二劫と過ぎゆくほどに ありがたいことにこのような善知識に合い助けらた。私たちも烏竜の眷族（けんぞく）となってこの無間地獄 から天に昇ろうと思う”と言って私”父”烏竜の眷族となった。これからこのたくさんの眷族を引き連れ天に 昇らんとする 途中、是非このことをお前遺竜に 伝えておきたいとここに参上したのだ。我が子遺竜よ、よくぞ”父”の”遺言”に背いてまで”法華経”の題目を 書写してくれた。 これからは”法華経”の題目を受持し、それを弘めなさい。題目は”法華経”の眼目、 ”法華経”がわかれば仏教がわかり仏教がわかれば生命（いのち）がわかり、世界がわかる。 これが”父”の真の”遺言”であるぞ。 |
| こう言って”父”烏竜（おりょう）とそのたくさんの眷族はふたたび 光りとなって 虚空の彼方に消えていった。遺竜（いりょう）は朦朧とした意識の闇から 目を覚まし、滂沱の涙となって”父”烏竜（おりょう）の墓の前にひざまづき手を合せ、 その濡れた唇からかすかに繰り返し漏れ聞こえる言葉は、 |
| 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、、、 |
| （私は心から選択し信受いたしました、妙法蓮華経を）、（私は心から選択し信受いたしました、妙法蓮華経を）、、、 |
| (1998.5.22) |
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