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永遠の生命
生命の精神面(質)の永遠性を説く宗教、思想は多いが、身体面(形)のそれは少ない。
一方、生命の法則面(真理)の永遠性は、法則の絶対性から、保証されている。
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仏教で、法華経以外の経典は、それぞれ、
生命を、この三つの
面(精神面、身体面、法則面)に分けて説明している。すなわち、生命の、精神面(質)、身体面(形)、法則面(真理)を、
それぞれの最高の生命である三身の如来(報身如来、応身如来、法身如来)のいずれかに託して
説明されている(例えば、華厳経では、仏陀は、主に生命の精神面(質)について報身如来に語らせる)。
しかし、法華経以外の経典では、
生命の永遠性は、
精神面(報身如来)と法則面(法身如来)に限られ、身体面(応身如来)、
すなわち現実の仏陀(実際に経を説いている、インドで生れ死んだ、現実の
仏陀)の永遠性は明かされない。
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法華経にきて、はじめて応身如来である現実の仏陀の
生命の永遠性が説かれ、生命の精神面(質)、身体面(形)、法則面(真理)の三つの面が融合され、
一つの生命として永遠であることが
示される。 |
すなわち、応身如来としての現実の仏陀と、その仏陀が
方便で仮に説いてきた報身如来、法身如来は、実は一体のものであり、身体(形)も、精神(質)も、法則(真理)も、
生命ソノモノとして永遠であることが示される。 |
生命は、法華経で、
生命の最下位(物質)から、生命の最高位(仏陀)まで、永遠であると、真に決定された。 |
この生命(生命ソノモノ)の最高の状態(優位)を、
"一身即三身如来"という。 |
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