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父

私の父は、去年（1996）３月１６日に、肺ガンで死にました。８０歳でした。

父の青春は、戦争でした。満州、南シナ、太平洋と、１０年近く、戦火をくぐり抜けてきました。

階級は、上等兵でした。

父は、よく戦争で行った外国の話をしました。

しかし、生々しい話は、ほとんどしませんでした。

唯一、父から聞いた生々しい話というのは、

中国人の首を切った、

ということでした。

本当に切ったのか、話だけなのか、わかりません。

が、そこにいたことは、確かなようです。

その話の最後に必ず、あれはしかたがなかった、命令は絶対だった、というようなことを、言っていました。

私は、その時の父の気持ちを知ることは出来ません。

が、その話が出るたびに、私は父に言いました。

とうさんも... 借金、返さないとね...

父は、タバコが好きで、いつも、咳をしながら、タバコを吸っていました。

それで、やはり、そのせいか、肺ガンになってしまいました。

宣告を受けてから、一年目の去年の３月、二度目の入院となりました。

しばらくして、急に容態が悪くなりました。

痰が喉に引っかかるようになり、喉に穴を開けられ、管を入れられ、そこから痰を機械で吸い出すようになりました。

痰が喉に詰まると、苦しそうに咳をして、

その管から痰を吸い取ってやりました。

とうさん、一緒に、借金返そうね...

戦争中、中国人の首を切ったという父。

今、病院のベッドで、喉に穴を開けられ、苦しんでいる父...

まず、苦をもって、借金返そ...

そして、おもいっきり、謝って...

いっぱい、良いことするんだ！

一人殺したら、十人救ければいい。
十人殺したら、百人救ければいい。

生まれ変わったら、借金返そうね！

それから少しづつ咳の回数が減り、死ぬ一週間くらい前から咳が止まって苦しまなくなりました。

昏睡状態が続き、息がだんだん、浅くなっていきました。

ラジオを聞かせてやろうと、ちょっと目を離した瞬間、

静かに、息を引き取りました。

死とは、厳粛なものでした。

とうさん、一緒に、借金返そ...

(1997.2.16)