appeal

”夫(そ)れ、老狐(ろうこ)は、塚をあとにせず。白亀(はっき)は、毛宝(もうほう)が恩をほうず。畜生すらかくのごとし。いわうや人倫をや。されば、古(いにしえ)の賢者、予譲(よじょう)といゐし者は、剣をのみて、智伯(ちはく)が恩にあて、こう(弘)演と申せし臣下は、腹をさひて、衛(えい)の懿公(いこう)が肝を入れたり。いかにいわうや、仏教をならはん者、父母・師匠・国恩、を、わするべしや。
此の大恩をほうぜんには、必ず仏法をならひきはめ、智者とならで叶(かな)うべきか。譬(たと)へば、衆盲(しゅうもう)をみちびかんには、生盲(いきめくら)の身にては、橋河(きょうが)をわたしがたし。方風(ほうふう)を弁(わきま)えざらん舟主は、諸商(しょしょう)を導きて、宝山(ほうざん)にいたるべしや。仏法を習い極めんとをもはば、いとまあらずば叶(かな)うべからず、いとまあらんとをもはば、父母・師匠・国主、等、に、随いては、叶うべからず。是非につけて、出離(しゅつり)の道をわきまへざらんほどは、父母・師匠、等、の、心に随うべからず。この義は、諸人をもはく、顕(けん)にもはづれ、冥(みょう)にも叶(かな)うまじとをもう。しかれども、外典(げてん)の孝経(こうきょう)にも、父母・主君、に、随はずして、忠臣・孝人、なるやうもみえたり。内典の仏経に云く、「恩を棄(す)て、無為(むい)に入るは、真実、報恩の者なり」、等、云云(うんぬん)。比干(しかん)が、王に随わずして、賢人のなをとり、悉達(しった)太子の、浄飯(じょうぼん)大王に背(そむ)きて、三界第一の孝となりし、これなり。
かくのごとく存して、父母・師匠、等、に、随わずして、仏法をうかがひし程に、一代聖教をさとるべき明鏡、十あり。所謂(いわゆる)、倶舎(ぐしゃ)・成実(じょうじゅつ)・律宗・法相(ほうそう)・三論・真言・華厳(けごん)・浄土・禅宗・天台法華宗、なり。此の十宗を明師として、一切(いっさい)経の心をしるべし。世間の学者等おもえり、此の十の鏡は、みな正直に仏道の道を照せりと。小乗の三宗は、しばらくこれををく。民の消息の是非につけて、他国へわたるに、用なきがごとし。大乗の七鏡こそ、生死(しょうじ)の大海をわたりて、浄土の岸につく大船なれば、此を習い、ほどひて、我がみ(身)も助け、人をもみちびかんとおもひて、習ひみるほどに、大乗の七宗、いづれも、いづれも、自讃あり。我が宗こそ、一代の心は、えたれ、えたれ、等、云云。所謂(いわゆる)、華厳宗の杜順(とじゅん)・智儼(ちごん)・法蔵(ほうぞう)・澄観(ちょうかん)、等。法相宗の玄奘(げんじょう)・慈恩(じおん)・智周(ちしゅう)・道昭(どうしょう)等。三論宗の興皇(こうこう)・嘉祥(かじょう)、等。真言宗の善無畏(ぜんむい)・金剛智(こんごち)・不空(ふぐう)・弘法(こうぼう)・慈覚(じかく)・智証(ちしょう)、等。禅宗の達磨(だるま)・慧可(えか)・慧能(えのう)等。浄土宗の道綽(どうしゃく)・善導(ぜんどう)・懐感(えかん)・源空(げんくう)、等。此等の宗宗(しゅうじゅう)、みな、本経・本論、に、よりて、我も我も、一切経をさとれり、仏意をきはめたり、と、云云(うんぬん)。彼の人人云(いわ)く、一切経の中には、華厳経、第一なり。法華経・大日経、等、は、臣下のごとし。真言宗の云く、一切経の中には、大日経、第一なり。余経は、衆星のごとし。禅宗が云く、一切経の中には、楞伽(りょうが)経、第一なり。乃至(ないし)、余宗、かくのごとし。而(しか)も、上(かみ)に挙ぐる諸師は、世間の人人、各各おもえり、諸天の帝釈(たいしゃく)をうやまひ、衆星の日月に随うがごとし。
我等、凡夫は、いづれの師師なりとも、信ずるならば、不足あるべからず、仰(あお)いでこそ、信ずべけれども、日蓮が愚案、はれがたし。世間をみるに、各各、我も我もといへども、国主は、但(ただ)一人なり。二人となれば、国土、おだやかならず。家に、二の主あれば、其の家、必ずやぶる。一切経も、又かくのごとくや有るらん。何(いず)れの経にてもをはせ、一経こそ、一切経の大王にては、をはすらめ。而(しか)るに、十宗・七宗、まで、各各(おのおの)、諍論(じょうろん)して、随はず、国に、七人・十人、の大王ありて、万民をだやかならじ。いかんがせんと疑うところに、一の願を立つ。我れ、八宗・十宗、に、随はじ。天台大師の、専(もっぱ)ら、経文を師として、一代の勝劣をかんがへしがごとく、一切経を開きみるに、涅槃(ねはん)経と申す経に云く、「法に依って、人に依らざれ」、等、云云(うんぬん)。法に依って、と申すは、一切経。人に依らざれ、と申すは、仏を除き奉(たてまつ)りて、外(ほか)の普賢(ふげん)菩薩・文殊師利(もんじゅしり)菩薩・乃至(ないし)、上(かみ)にあぐるところの諸の人師、なり。此の経に又云く、「了義(りょうぎ)経に依って、不了義経に依らざれ」、等、云云。此の経に指すところ、了義経と申すは、法華経。不了義経と申すは、華厳経・大日経・涅槃(ねはん)経、等、の、已(い)・今(こん)・当(とう)、の、一切経なり。されば、仏の遺言(ゆいごん)を信ずるならば、専(もっぱ)ら、法華経を明鏡として、一切経の心をばしるべきか。
随って、法華経の文を開き奉(たてまつ)れば、「此の法華経は、諸経の中に於(おい)て、最も其の上(かみ)に在り」、等、云云。此の経文のごとくば、須弥山(しゅみせん)の頂(いただき)に帝釈(たいしゃく)の居(お)るがごとく、輪王(りんのう)の頂に、如意宝珠(にょいほうじゅ)のあるがごとく、衆木(しゅもく)の頂に月のやどるがごとく、諸仏の頂に肉髻(にっけい)の住せるがごとく、此の法華経は、華厳経・大日経・涅槃経、等、の、一切経の頂上の如意宝珠なり。
されば、専(もっぱ)ら、論師・人師、を、すてて、経文に依るならば、大日経・華厳経、等、に、法華経の勝れ給えることは、日輪の青天に出現せる時、眼(まなこ)あきらかなる者の、天地を見るがごとく、高下宛然(こうげおんねん)なり。又、大日経・華厳経、等、の、一切経をみるに、此の経文に相似の経文、一字一点もなし。或は、小乗経に対して勝劣をとかれ、或は、俗諦(ぞくたい)に対して、真諦(しんたい)をとき、或は、諸(もろもろ)の空仮(くうげ)に対して、中道をほめたり。譬へば、小国の王が、我が国の臣下に対して大王というがごとし。法華経は、諸王に対して、大王、等、と、云云。但(ただ)、涅槃経、計(ばか)りこそ、法華経に相似の経文は候へ。されば、天台已前の南北の諸師は、迷惑(めいわく)して、法華経は、涅槃経に劣る、と、云云。されども、専(もっぱ)ら、経文を開き見るには、無量義経のごとく、華厳・阿含・方等・般若、等、の、四十余年の経経をあげて、涅槃経に対して、我がみ(身)、勝るととひて、又、法華経に対する時は、「是の経の出世は、乃至(ないし)、法華の中の八千の声聞に、記?(きべつ)を授(さず)くることを得て、大菓実を成ずるが如き、秋収冬蔵(しゅうじゅうとうぞう)して、更(さら)に、所作(しょさ)無き、が、如し」、等、と、云云。我れと涅槃経は、法華経には劣る、と、とける経文なり。かう経文は分明なれども、南北の大智の諸人の迷うて有りし経文なれば、末代の学者、能(よ)く能(よ)く、眼(まなこ)をとどむべし。此の経文は、但(ただ)、法華経・涅槃経、の、勝劣のみならず、十方世界の一切経の勝劣をもしりぬべし。而(しか)るを、経文にこそ迷うとも、天台・妙楽・伝教大師、の、御れうけんの後は、眼(まなこ)あらん人人は、しりぬべき事ぞかし。然(しか)れども、天台宗の人たる、慈覚(じかく)・智証(ちしょう)、すら、猶(なお)、此の経文にくらし。いわうや、余宗の人人をや。”

(2005.05.14)
next
back
index
home
other lita site