現実と理想。うつつと夢。現実主義者はしばしば殺す殺されるを現実という。より現実の世界は、殺す私も殺される私も同じ私自身。その殺される私はその殺す私自身の過去の私。その果の報いの姿、身体が、”今、ここ”、の、その殺す私。その殺す私はその殺される私自身の過去の私。その果の報いの姿、身体が、”今、ここ”、の、その殺される私。すべてが、”今、ここ”、の私自身の私の記憶であり、これは、自由を目的とするぼくの私の謀(たばか)り。かように自由に生きるその殺す殺される現実主義者は、すべて(その現実主義者の精神、肉体を含む文字通りのすべて)が私自身の過去の果の報いの姿、身体。その二重の夢の世界に生きている。

2013/06/17
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